日本

日本では1945年に大阪の主婦らが粗悪品追放を掲げて「おしゃもじ運動」を起こした。これが日本における消費者運動の始まりともされる。1948年には主婦連合会(主婦連)が「不良マッチ運動」を起こした。

昭和30年~40年代(1955年~65年頃)、日本が高度経済成長期に入ると、大量生産・大量消費が行われるようになり、事業者と消費者の力の差が極端に大きくなり、いわゆる消費者問題が起こるようになってきた。

1955年には森永ヒ素ミルク中毒事件が発生。その一年後の1956年には水俣病が発生し、食品の安全性に疑問を持つ消費者が多くなった。1960年には「うそつき缶詰事件」(にせ牛缶事件)が発生[5]

1961年にはサリドマイド睡眠薬事件が発生。1965年には新潟県で第二水俣病、1968年にはカネミ油症事件と、次々に消費者が被害者となる事件が発生した。[6]

1968年5月には消費者保護基本法が制定された[7]。これは消費者のための憲法とも言われることがあるものであり、これによって行政・事業者・消費者それぞれの役割が明確化された。それまでの「産業優先」に凝り固まった考え方から消費者優先の原則へと移行し、消費者行政の基礎が体系づけられ、消費者保護に関する基本的方向が示されたのである。

その後、この消費者保護基本法の趣旨にのっとり、全国の地方自治体に消費生活センターが設置されることになった。これは消費者行政の"第一線機関"とも位置づけられるものであり、消費者からの苦情・相談の窓口となったり、苦情処理テストや消費者啓発を行うなど、消費者と直接に接する業務を行うものである。

1969年には、日本消費者連盟が設立され『消費者レポート』が出版されるようになった。これは告発型のそれである。

1970年に消費生活センターが開設された当時、消費者の最大の関心事は食品の安全性であった。当時、牛乳のBHC汚染、発がん性が問題となったAF-2やチクロなどの食品添加物、魚の水銀汚染などの問題が発生していた。 1970年~79年までに寄せられた相談の件数でも食料品の相談が1位を占めている[8]。食品添加物や健康食品などに関する相談が多かった。

昭和50~60年代(1975年~95年ころ)には、訪問販売が盛んになり、これに関するトラブルが増えた。典型的な事例としては豊田商事事件が挙げられる。

1976年には訪問販売法が制定された。また、消費者を保護するためにクーリングオフ制度が設けられた。

昭和60年代(1985年~)になると、消費生活が多様化・複雑化し、消費生活センターへの相談としては、住居品、教養娯楽品、保健衛生品などの相談件数が増加し、食料品の問い合わせ件数は3位になった。ただし、食料品の相談件数はほぼ横ばいで、減ったわけではなく、他の問い合わせが増えたのである[9]

1987年には霊感商法や開運商法による被害者が多く出た。

1993年には消費者金融業者の無人契約機が街角に登場、その後増加し、借りすぎにより借金地獄に陥る人も増えている(2003年時点で個人の自己破産は24万件)

2008年には消費者庁(仮称)の設置に向けての一連の動きが起きた。2月8日の閣議決定に基づいて「消費者行政推進会議」が設置された。4月23日の第6回会合の後には同会議は「消費者庁(仮称)の創設に向けて」と題して、消費者庁(仮称)の所管、位置づけなどに関する「6つの基本方針」と、国民本位の行政実現など「守るべき3原則」をまとめた文書を発表。6月13日には「消費者行政推進会議取りまとめ ~消費者・生活者の視点に立つ行政への転換~」を発表した。